「大気・海・生命体」のこと

もしかしたら私たちは、海や森にすごく守られているのかもしれない。いろいろ調べていて思ったことだ。

というのは「東京大学大学院農学生命科学研究科」が、

日本の森林の炭素貯留能力は、本当はムチャクチャすごかった!

という記事を発表し、そのレポートの中で従来の二酸化炭素吸収量が著しく過小評価されていることを知ったからだ。その記事を丹念に読んだが、その通りだろうと納得した。

要はかつての森林自体の数字が林業の木材利用に偏っていて、生産される木材の数字を根拠にして計算していたのだ。

しかし森林は材木を取り出すためだけの場所ではない。それなのに材木用の「森林簿」を元にして二酸化炭素の吸収量を推定していたことに原因があった。その「森林簿」が厳密には正確な調査によるものでなかったこともあって、毎年の二酸化炭素吸収量で見ると2.5倍もの誤差があった、その分を国内で二酸化炭素の吸収量としてカウントしたら、おそらく森林の吸収した二酸化炭素量だけで、17%は吸収されて排出量が減っている計算になる。

さらに加えて土壌微生物が生存のために炭素を吸収することも計算に入っていないし、これには4パーミルイニシアチブのような土壌に炭を埋設することの炭素分も計算に入っていない。

person digging on soil using garden shovel

これらを入れたならば、大気中に出されている二酸化炭素の排出量が減らせなかったとしても、そこに吸収された二酸化炭素量だけは減る。

もしかしたらと思って海洋への植林(海藻など)の分はどうなっているのかと調べてみた。すると海の植物プランクトンが吸収してくけている二酸化炭素など、計算の項目にすら入っていなかった

こうした海藻などの二酸化炭素の吸収分は「ブルーカーボン」と呼ばれる。従来は海藻などのその吸収量は、枯れると再び海洋中に溶け出して帳消しになると考えられていた。そのせいか二酸化炭素吸収源として考えられていなかったのかもしれない。

しかし日本の水産庁の調査では、たとえば「アマモ場」でも光合成産物の三分の一は海水に分解しても、三分の二は海底に降り積もって蓄積されていた。

二酸化炭素を吸収するのは植物の光合成だから、海の深いところでは光が届かなくなるので光合成できない。だから浅瀬だけを考えることになるから、森林に比べたら取るに足らないと思われていたのかもしれない。光合成できるのは、海表面から「海の光が1%以上は届く水深まで」で、沿岸では水深30メートルまでの範囲でしかない。しかしその代わり、海は圧倒的に面積が広いのだ。

特に私の住まいに近い瀬戸内海は23,200キロ平方メートルあり、広島県の二倍の面積がある。瀬戸内海は氷河期、極地の海が凍って今よりずっと海水位が低かったために「川の流れる陸地」だった。それが間氷期に入って水没した。だからこそ水深が浅いのだ。

そこを「グリーンカーボン」で覆ったなら、たとえ森林の八分の一しか炭素を吸収できなかったとしても、それは神奈川県一つがすっぽり森林に覆われたのと同じだけの二酸化炭素を吸収する。その浅い海の吸収する二酸化炭素量は、とんでもなく莫大な量になる。

すでに備前市日生(ひなせ)では、35年以上前から海に「NPO法人里海づくり研究会議」が主体となって、里海づくりのために「アマモ」を植えている。そこでは近くでよく獲れる「カキ殻」を使って海底の底質改善を行い、その努力もあって「アマモ場」の面積を1985年の12ヘクタールから、2015年には250ヘクタールにまで回復させている。この努力を広げて瀬戸内海「アマモ場」を広げられたら、それだけで今危機的なほどに排出される二酸化炭素を吸収固定することになるのではないか。

このブルーカーボンの炭素蓄積量は、森林と比べたら八分の一しかないとされるが、この計算に入っていない分もある。建物の壁に塗るものとしてよく使われる「珪藻土」だが、これもまた海の中で暮らしていた「珪藻」の化石化したものだ。そこにも炭素は閉じ込められている。

これらの植物プランクトンが大量発生してくれれば、もちろんそれだけ温暖化を防げる。それはかつて二酸化炭素を吸収しまくって、地球を酸化させた「大酸化イベント」を起こしたほどなのだ。

森や海の小さな生き物たちは、私たちが生きられる環境を作り出してくれた。おかげで酸素を吸い、オゾン層を生み出して有害紫外線を緩和し、今ここに生きていられる。それなのにヒトは、海を汚染し陸には大量の農薬や化学肥料を撒き散らしてその小さな生命を脅かしている。彼らが作った今の環境は、この惑星に暮らす生命が生きられるように環境を整えてきた。それを台無しにするのが人間の文明、そして金儲けだ。

この生命の循環を守り抜きたい。これを神話的に言うならば、私たちを生かそうとしてくれている生命体の作った連鎖という環境を、妨げることなく生かして共生していきたいのだ。

共生するためのルールは実に簡単だ。生命体を大切にして存続できるように壊さなければいい。それなのに人間だけが豊かに暮らすために化石燃料を際限なく消費し、食料を得るために森や海を壊したりする。生産効率を上げるために農薬を撒いて他の生命体を皆殺ししたり、人間の都合に合わせて遺伝子すら改変したりする。このようなことをする人間にはこの「生命体の循環の輪」の中に入ることは許されないのかもしれない。

せっかく活かそうとしてくれている地球環境の中に、ヒトという一つの種だけが破滅を招こうとしている。私たちが金儲けではなく共生していくための努力をしていくなら、まだまだ生命を持続できる。まずは私たちを支えている「大気・海・生命体」のことを考えてみてほしい。
それがどう生まれてどう繁栄し、どう環境を変えてきたのか。それに気づいたとき、地球という惑星が私たちヒトという種だけの場所でないことがわかるだろう。

そしてそれらをうまく活かすだけで豊かに持続して暮らせることに気づくだろう。私たちがただ生命体の連鎖の一員であることに気づくだけでいい。この惑星を形作った生命体の連鎖は、私たち人間をも生かそうとしている。

(2022年11月川崎市職員労働組合様へ寄稿したものを、好意を得て転載しています)