欠けていた「共益」という第三の働き方

 

マンガ『鬼滅の刃』の映画が大変な人気だ。血生臭すぎて嫌いだったのだが、子どもたちの誕生日プレゼントで触れてから、ふと気にかかって見てみた。面白い。子どもたちがはまるのも良くわかる。要は鬼に家族を殺された主人公が、他の人がそんな目にならないようにと戦い続けるストーリーだ。それが単なる戦いなのではなくて、半分鬼にされてしまった妹を人間に戻すために努力する話だったり、鬼とされてしまった元・人の話だったりと、単なる戦いでない挿話が混ぜ込まれて進行する。  
 鬼は超人的な力を持つが、光に当たると消え去ってしまい、「栄養価の高い」人の血肉を食べずにいられなくなる。妹だけは例外で、意志の力か何かでまだ食べずにいる。その妹を光の当たらない木箱の中に入れて運びながら、主人公は元に戻す方法を求めて戦い続ける。そんなストーリーだ。   

鬼は「栄養価の高い人の血肉」を食べずに生きられないというのが、今の世の中の「カネ」に似ているように感じる。みんな限りない経済成長を信じていて、カネなしでは生きられないと思い込んでいる。そのカネは人の働きからしか得られないから、何とかしてたくさんの人を犠牲にして奪い取ろうとするのだ。人の上に立つという幻想で搾取したり、生活のため、生きるためという幻想で、「カネという他者の血肉」を食べなければ生きられないと信じて込まされている。そして人々は「限りない経済成長」という神話の中で生き残ろうとしている。

ぼく自身は限りない成長というものも、「営利」も苦手だし好きではない。かつてぼくが中卒で働いていた時には、カネのためなら仕事の合間に社長個人の車を洗うことも仕方ないと思っていたし、自分の思いとカネを得るための仕事が一致しなくても、そんなものだとあきらめていた。必然的に「非営利」の活動に惹かれたし、カネ儲けとも無縁に生きてきた。どうしても社会にある「営利を求める会社組織」というものになじめなくて、非営利セクターにばかり関わっていた。   

そんな中でついに「労働者協同組合法案」なるものが成立しそうになっている。目的は「非営利」で、組合員が出資し、組合員の意見を反映させて「非営利の事業」に組合員自身が働くというものだ。組合員自身の人件費も必要だから、皆で採算ベースに乗る事業のために働くのだ。  

 それはNPO方のように「特定の事業類型」に捉われない。これまではできなかった出資も可能になっている。「新型コロナウイルスの影響で廃業や雇い止めが増え、将来不安が増す今で、労働者協組によって「よい仕事」が生み出され、生き生きと働く人が増えることが期待される」とされている。  


 ぼくはこれを知った時、これこそ私が働きたかったものだと感じた。営利はどこからか利益を得なければならない。他者の血肉のようなもので、ちょっとでも利益を上乗せして販売したり、マルクスの言った労働価値説なら、「少しでも他者の労働から得たものから搾取しなければならない。それを当然としなければならないのがこれまでの「営利活動中心の社会」だった。   
共に働くものを思い、販売する相手のことを思い、社会全体への価値の還元を思うことは一部分でしかできなかった。ところがそれを目的にした組織を作り、自分たちで出資し、社会を改善する事業が、ついに可能となるのだ。   


これまで、もしそんなことを実現しようと思うなら、「公的セクター」に所属し、その上司の指示に従わなければならなかった。しかし現実には「自分に従わないものは解雇する」という上司の下では、たとえそれが憲法や法に従ったものであったとしても実現できなかった。それどころか違法なことすら命令された。そうした中で、「公的セクター」ですら解雇されたり左遷されたりして、そこから弾かれることも少なくなかった。自殺したとしてもその人のせいにされ、上司の違法な要求は問題にされなかった。  

これからは「公的セクター」に代わる、労働者による「協同組合」が成り立つ。同じ金額で快く働くことができるなら、何も「営利セクター」や「公的セクター」に働く必要はない。公立である必要はなくなるのだ。

たとえば病院であったとしても、経営者が多額の給与や配当を取らなくてもいい。利益を考えて患者を「薬と検査漬け」にして儲けなくてもいい。自分たちで出資したり融資を受けたりして、新たな非営利事業体として生まれ変わりさせることも可能になるのだ。一切の違法な横やりを排除して運営してもいい。それがどれほど社会の人たちに利益を届けることだろう。    

その時、代わりに成り立つのが「新しい非営利セクター」だ。わたしたちが1994年に立ち上げた「未来バンク」も、「非営利で低利に資金を市民セクターに提供しよう」として続けてきた。ところがこれまではサラ金と同じ「貸金業法」の枠組みしかなく、「非営利」という枠組みを想定していなかった。そのためサラ金に交じって営業し、同じ規制と登録料金を負担しなければならなかった。

そこに誕生するのが新たな「労働者協同組合」の仕組みだ。公のセクターではない、営利の民間企業でもない、新たな仕組みが生まれようとしている。これが次の時代には役立つはずだ。市民自身が「病院を買い取りたい」、「送電線網を買い取って電気を供給したい」と考えた時に、新たな「公益」でも「私益」でもない「共益」のための事業体を生み出せるのだ。その時に「未来バンク」は、融資によってそれを支えることができる。  

未来バンク自体が「労働者協同組合」になってもいいと思う。変更が必要になるのは、議決権及び選挙権を出資口数で決めていたのを、一人一票に変えることぐらいか。もともと配当もなく、営利目的でもない。その未来バンクはあと4年で設立30年になる(2020年現在)。これまで赤字もなく、健全に経営することができた。それは私たちにとっては誇りだが、社会にとっても大きな経験値かもしれない。社会を変えよう。他者の血肉を貪るより社会のみんなのために働こう。

2020.11発行田中優無料メルマガより転載
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