ブドウなど、タネがなければ食べやすいのにと思うことはあるが、それは果実にとっては迷惑な話だ。元は花粉を飛ばして受粉させる「裸子植物」であった植物は、花を咲かせて昆虫たちと協働することによって受粉する「被子植物」に進化した。
今や被子植物の方が圧倒的に多く、おかげで受粉時期の森は虫に気づいてもらうために華やかで明るく香り豊かな場所になった。「被子植物」は虫たちに受粉してもらうことによって、効率良く、より遠くまで受粉範囲を広げられるようになった。植物の生存戦略は、他の生命体と協力し合うことによって生命範囲を効率的に広げたのだ。
人々はやがて「種なしブドウ」を自然に作り出した。この「タネなし処理」の方法は「ジベレリン処理」といい、日本で発見された方法だ。植物が自然に持っていた「植物ホルモン」を利用するもので、手間はかかるが無害で優れた仕組みだ。処理には満開前と満開後の二度にわたって植物ホルモンに漬ける必要がある。一度目は種なしにするため、二度目は果粒を肥大化させるためだ。二度の処理をしないと果粒が成長しなくなる。
これは「植物ホルモン」の利用で、いわゆる「環境ホルモン」と呼ばれる人工的なものとは次元が違う。元のホルモンは「イネばか苗病」といい、草丈は伸びるがやがて枯れてしまう病だ。ところがそのホルモンをうまく利用し、「茎や葉を伸ばさせながら、受精させずに種を作らせず、果粒のみを肥大化させる」ことを実現したのだ。
これは「環境ホルモン」のような「内分泌ホルモンをかく乱させる偽ホルモン」とは違う。ニセ「内分泌ホルモン」では、必要ない時期に起動させたり肝心の時に起動しなかったりして不都合を起こして「オス・メス化」のような性分化の機能に混乱を起こしている。プラスチック製品の合成に使われる可塑剤などの多くは、性分化をメス化させる。
この偽ホルモン物質の危険性が大きく取り上げられると、不都合な化学メーカーなどは火消しに回り、「根拠が乏しい空騒ぎ」だなどと無視された。これが日本での対策の遅れにつながった。
対策が遅れた30年の間に起きたことを紹介してみよう。
2000年には男子の精子数が1ミリリットル中に6000万あったが、2030年には同量に2000万ほどになる予測となった。
不妊の恐れのある数が1500万まで下がるのも間近だ。不真面目な学者が「空騒ぎ論」を撒き散らしている間に、人々子孫を残すのが困難になっていた。このわずか30年の間に、まもなく精子数の減少によって不妊が当たり前の時代が来てしまった。新たな子どもが生まれず、従来から生きてきた人は年老いて消えゆく社会になる。私たちはブドウに「ジベレリン処理」したみたいに、子種を持てなくなったのだ。
今やヒトの三人に一人はガンによってその生涯を閉じるが、さらに「滅びの道」が進行している。
2011年の福島第一原発事故から5年経った2016年以降、都内の院内ガン登録者数が激増している。首都圏だけで事故以前のガン登録推定数よりも毎年60万人も増加している。子どもが生まれないだけでなく、現存人口もまた激減しているのだ。
一方の男性の精子は、このままだと2045年には北米・欧州・豪州の男性の精子数はゼロになる。その平均精子数が不妊レベルに減るのは2035年だ。一方の日本は、農薬や有害化学物質に対する規制は甘いので、他国以上に悪化するだろう。今生きている人たちが、人類最後の生存者になりかねない。そんな中、厚労省は2022年から、不妊治療に保険を適用を拡大した。数年前には特殊だった「顕微鏡で卵子に精子を届ける」顕微授精も、保険適用の対象となっている。つまりそれだけ男の精子のせいで不妊化しつつあるのだ。このままなら確実に起こりえる未来は、子どもが生まれなくなって、生存世代が老化して消えていくシナリオだ。
日本で環境ホルモン問題を「空騒ぎ論」として軽視していた時も、世界ではそのまま調査が続けられ、生産も規制された。日本でだけ、御用学者と産業系周辺学者が嘘だと決めつけて規制させなかった。ただ「空騒ぎ」という印象を残しただけで。
しかし世界中で動物たちが雌化していたのも事実だったし、卵が孵化しにくくなったのも事実だ。それはプラスチック加工に使われた「フタル酸エステル」や「ピスフェノールA」のせいであった。その便利で文明を支えるプラスチックが今、復讐するかのように私たちの生殖機能を襲っている。子どもに未来を引き継げないのだ。
「環境ホルモン」は「偽ホルモン」として性などのシステムを起動させてしまうだけではない。たとえばネオニコチノイド農薬がニコチン性アセチルコリン受容体に届くと、受容体に届いて機能したのだから消えるはずなのに、そのまま何度も起動させたりする。
遺伝子の発現には「順序」が大切なのだが、それを狂わせたりする。冬に狂い咲きした花は受粉できず死ぬ。まだ昆虫が目覚めていないから受粉できないのだ。それと同じように成熟するのが早すぎたり、遅すぎたりして生殖に間に合わない事態を生んでいる。そんな中、男子の精子が減少し続けた結果、もう子どもが生まれない時代が間近に迫ってきてしまったのだ。
少し前までよく言われていた話を覚えているだろうか。「人口爆発」の話だ。限られた空間の中で、増加する人口を支える資源は減少しつつあり、生産性も頭打ちとなって人口爆発により人間は破綻に至るという心配だ。しかし現実は「人口爆発」とは真逆の事態で破綻しかけている。
25年前、私は著書の中で、こう懸念していた。
『一方でごく最近、急激に人口増加のスピードが衰えた…「避妊の方法が行き届くようになったせいだ」とか言われているが、私にはもっと恐ろしい原因のせいであるように思える。人口増加しなくなったのは内分泌ホルモンに影響を与える微量化学物質のせいではないだろうか。「人口爆発」を心配していた時代が「古き良き時代」と感じる日が来てしまうかもしれない』
と。
その不吉な予想が当たってしまったのかもしれない。
(2023年5月川崎市職員労働組合様へ寄稿したものを、好意を得て転載しています)