「自粛」の代償  

新型コロナウイルスの流行で、世間は何もかもが自粛ムードだ。不要不急の外出禁止、店舗の休業、学校の休校、旅行も何もかもだ。 


 テレビでは河川敷でのバーベキューをする人たちをなぜ「やめないのか」と詰問している。風通しの良い空間での集まりなど、「自己責任」でしていることなのだから強制的に自粛させる必要はないと思うのだが、まるで戦時中の灯火管制みたいに「自粛」を強制する。  

 強制されるものは「自粛」ではないのに、何でもみんなの言うことを聞かないのは「非国民」みたいな扱いだ。誰かが言っているように、「強制するのなら補償すべき」だ。


 自粛して営業せずにいる人たちは、仕事をして稼いで自立することを禁じられているのだ。「働いてはいけない」と禁じているのだから、その分の補償がなければ生きていけない。営業自粛は「補償とセット」でなければ破綻させる政策になる。それなのに「破産して死んでしまえ」とばかりの強制だ。

 未だに新型コロナウイルスによる日本の死者数は増えてはいる。しかしこのまま自粛が続いてしまったら、生活手段を奪われた死者数は、これを超えてしまうだろう。これではいったい何のために何をしているのかわからなくなる。

実質成長率下がり 戻るまでに長期間

 今日もテレビでは自粛で休業している店主が自殺したニュースを報じていた。京大の研究グループは4月末、実質GDP成長率このままだとマイナス14.2%に下落し、19年度の水準に戻るまでに19~27年間かかり、年間自殺者数が自殺者の増加数は累計14万~27万人になる」とレポートした。  


 これまでの新型コロナウイルスの死者数の数十倍だ。まるで新型コロナウイルスの感染を恐れるあまり、外出せずに餓死させるような話だ。これは完全に誤った対策だ。しかし誰も間違っているとは言わない。黙って命令に従っているのだ。  

 その大きな原因に厚労省クラスター班の北大、西浦博教授の推計がある。「流行対策を何もしなかった場合、国内の重篤患者数が約85万人に上る」との試算を出し、そこから「人と人の接触を80%削減すること」が目標と述べた。


  もちろんこれは検証可能な数字であるべきだが、なぜかその後になっても全く検証されていない。最も感染が拡大している東京における3月21日から3月30日のデータに基づいて推定すれば、ここからの接触削減率は四割でいいはずだ。

  西浦教授は「1人の患者が何人に感染を広げる可能性があるかを指す基本再生産数」を当初の値(RO=2.5)を変えずに計算しているが、日本の東京で最も感染が拡大している時期の3月21日から3月30日のデータから推定しても、Rt(実効再生産数)は1.7である。ここから人と人の接触削減の必要率を考えると、四割(正確には41%)削減すればいいはずだ。


 西浦教授は、「従前社会に存在する人と人の接触のうち25%が「削減不可」で、75%が「削減可」としているが、八割ではそれを超える。実際の実効再生産数は、東京で1.7なのだから、ここから(Rt1.0)にするには、(1÷1.7=0.588)で、「41%削減」で足りるはずだ。その削減ならすでに4月上旬には達成できていた。

 感染から発症までの期間を含めて考えると、「安倍総理の自粛要請」や「小池都知事の自粛要請」の出される前の時点で、すでに「4割削減」が実現していたことになる。  


  そして多くの人たちにとって心配事となっている「医療崩壊」の危険性だが、新型コロナウィルス感染症患者受け入れ病床に対する重症者数の割合は、全国で11,353床の2%、東京で2,000床の3%に過ぎないという。病床のひっ迫は「軽症患者を入院させていること」が原因だ。医療機関が足りないのではなくて、軽症患者が療養する専用施設が足りないだけなのだから、軽症者用の感染防止施設を作れば足りる。  

 統計を見ればわかるように、世界的に、死者数の激増期は過ぎたと言えるだろう。実際、「こう治療すれば死亡を防げる」という対症療法的な治療法が明瞭になってきたことの効果が大きいだろう。ところがただ一つ「政策変更」だけが進まない。その理由は政策の元となるデータが明瞭にならないからだ。このままでは人為的に防げる死者数が感染死者数を上回ってしまう。まさに人為的な失敗だ。  

 最終的な落としどころは多くの人が免疫抗体を持つことで、感染しようもない人たちの壁を作る「集団免疫」を持つしかないだろう。すでに新型コロナウイルスに対する「抗体の検査」では、かなり多くの人が免疫を持っていることが判明している。しかもこの「抗体検査」は血液で調べられて、ウイルスの培養が必要になる「PCR検査」とは比較にならないほど早く簡単で、精度も高い。  

日本での失敗 専門家まかせ

 日本での失敗は、オリンピック開催をあきらめるまで、感染しているかどうかを調べる「PCR検査」を怠っていたこと、その後も「PCR検査」を限定的に実施し、結果、政策の基礎になるデータが全くつかめなかったこと、そして一部の専門家と称される人たちに任せきりにして、政治家が政策変更を放棄していたことにある。  

 理系ではない私にとって、「実効再生産数」という言葉は壁のように見えた。しかし調べてみると、さほど難しい話ではなかった。肝心のデータを採ることを怠り、概念を使ってマジックのように説明する「専門家」たちに任せたことが問題を大きくした。  


 まともな対策すら採ることもできず、非常事態宣言が不要になっても「政策変更」がなされない。それは政治家の仕事で、そのためのデータを集めさせるために専門家がいる。ところが今政策を決めているのは一部の専門家と称される人たちで、しかもそれにはデータによる根拠がない。いわば「権威」を振り回しているだけだ。それを盲信した政治家たちが経済活動を止めた。


  結果、人々は経済的に困窮してしまった。政府がしたのはバカ高い「不衛生なマスクの配布」ぐらいだ。とにかく自分と大企業の利益になるように「非常事態」を利用している。  

対価なしの休業 経済の破綻へと

 今ここに二つの瀕死の危機がある。
「コロナウイルスの感染死」と、「対価なしの自粛休業による経済破綻死」だ。

 政府は「休業補償」だけでもすべきだ。こちらは人が簡単に防ぐことができる。経済活動は大企業を守るだけで成り立つものではないのだ。

(文章は2020年5月川崎市職員労働組合様へ寄稿したものを好意を得て転載しています。)

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