ぼくの親しい友人である新村安雄さんが初めて本を出した。新村さんと知り合ったのは20年以上前のことだ。ぼくの記憶では、新村さんよりもそのお連れ合いだった森野康子さんの方が前だった気がする。その森野さんは残念ながらその後に他界してしまったが。
その彼女の葬式のときに、新村さんは焼き場に集まった人たちに、「森野は本当に頑張って生きたんだ、だからみんなで拍手して彼女を送ろうじゃないか」と言って、みんなで拍手したという。ぼくはその場に居なかったのだが、その話を新村さんらしいと思って読んだ覚えがある。
新村さんはそれからだいぶ経ってから今の彼女と結婚して、幸せに暮らしていることをうれしく思う。その彼女とも30年近く前に知り合っていたから不思議な縁だと思う。その新村さんはあまり知られていない人だから、ちょっとぼくなりに紹介してみたいと思う。
新村さんはまず何よりも声のでかい人だ。全然目立とうとする人ではないのに声がでかい。いつも腹から声を出すせいだろう。そのせいもあってなんとなく偉そうに見える。たぶん秘密の話などできない人だろう。そのせいかウソはつけない人だ。そこが好きだし、信用できる友人なのだ。その彼が本を書いた。
「川に生きる」というタイトルだが、そう思って彼のフェイスブックの写真を見たら、魚の写真とそれにまつわる話ががやたらと多い。彼は子どものように魚を愛しているのだと思う。
ところがその魚たちは追い詰められて、どんどん居場所を奪われて絶滅させられている。それがこの本を書いた動機なのかもしれない。彼の愛していた森野さんが亡くなってしまったように、彼は愛するものを失い続けている。その本を読んで、なんだか川に生きていた者への想い、彼の悲しみの原因に触れたように思えるのだ。
しかも彼は体も大きい。その彼と初めて会ったはずのわが娘は、会うなり肩に乗り、大きな図体によじ登ろうとしていた。警戒心もなく。
彼は以前から文章がうまかった。というよりも心根が優しくて、対象への思いが溢れているのだ。彼の文章を盗用する人すらいた。図体と声からは想像できないほど良い文章を書くのだ。それは「石木ダム」(ほたるの川のまもりびと)という映画のパンフレットにも使われた。ぼくが映画の宣伝と供給をする会社に相談されたときに、新村さんが一番いと紹介したからだ。そのパンフレットの記事は好評だそうだ。
彼はウソをつかないし、興味が湧いたことには努力を惜しまない。その彼がやっと本を出せたことをうれしく思う。彼に紹介された友人と、長良川上流の板取川に予定されていた揚水発電ダムを止めることができた。板取川の友人は長屋さんという。といってもかつての板取村(今は関市に編入されている)では集落の半数近くが、長屋姓なのだが。その長屋姓の友人たちが頑張ってくれたおかげなのだが。
私たちがしたのはその川の美しさを素直に感嘆していただけだが。しかしそのことが彼らを力づけたのだということになろうか。
彼の文章には愛する長良川が河口堰によって堰き止められて、生態系が壊されていく様子が描かれている。もうこんなことはやめさせようと思う。川を壊すことは、私たち自身の足元を掘り壊すことなのだ。そのことを思い起こすのに格好の書であると思う。その彼は学生時代に青ナイルと呼ばれるナイル川支流に研究に行っていたし、その後はメコン川に出掛け続けていた。
ある時、メコン川が増水して彼の泊まっていた川に浮かぶコテージごと流された話も本に書かれている。隣に宿泊していたイギリス人たちのコテージを滝に落ちる寸前に救った話もある。なんというか、彼は無冠のインディージョーンズのような人でもある。彼はわが娘のために、ライフジャケットをプレゼントしてくれた。彼に頼めば大概のことは(川に関係することなら)解決してくれるのだ。
彼のクルマの屋根の上にはテントが乗せてある。彼はその車で全国を走り、その場で泊っていく。下に寝るとイノシシや動物に囲まれることもあるので、クルマの上の方が安心なのだという。彼のフェイスブックにはもう一つ、よくサッポロの黒ラベルが登場する。ぼくも同じものが好きなので、彼がいると分けてもらって飲んでいる。その彼だけには見送られたくないし、見送りたくもない。その彼もぼくも還暦を過ぎたことだし、少しは安心してゆっくり過ごしたい。
もうこれ以上のダム建設は止めてもらい、これからは造ってしまったダムを解体してもらいたい。
川は人間のためのものではないのだから、たくさんの生き物と共有して暮らせるようにしたいと思う。長良川が再びたくさんの流域の人たちの支える流れになったら、そこで乾杯したいと思う。彼が潜って撮影するリアルタイムのアユの産卵の動画でも見ながら。新村さんの書いたこの本を読んだら、アユの産卵時のリアルタイムの動画を観に長良川に集まろう。とっておきのアユの塩焼きを食べながら。
(2018年発行田中優無料メルマガより)
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『 川に生きる 世界の河川事情 』
新村安雄 著
税込1,404円(税抜き1,300円)
192ページ
2018/9/14発行
中日新聞・東京新聞で好評連載(2015年4月~18年5月)されたコラム「川に生きる」を書籍化。さまざまな生き物がすむ川から見た、自然と人間との関係を鋭い筆致で描きます。
西日本豪雨災害などから、川と人との共存が注目されている今、世界の河川をめぐってきた著者が、長良川をはじめ、世界や日本の河川で何が起きているかを紹介します。
書籍化にあたり、長良川・川下り紀行も掲載。
カヌーイスト・野田知佑氏も推薦を寄せています。
<目次>
一章 長良川に暮らす
川との決め事/川ガキとミズガキ/鵜飼屋に暮らす
もう一つの長良川鵜飼/魚は旅をする/川漁師の矜持
カニの通り道/流れない水面/ウナギの寝床
海に向かう魚/川漁師のワザ
二章 長良川河口堰が変えたもの
幻の大マス/若くてばかで、よそ者で/潮のポンプ
大アユの消えたわけ/開いている河口堰/幻の干潟
追加された魚道/よみがえる「マウンド」/河口堰と津波
ウナギと河口堰/見張り塔からずっと/川を耕す
マジックアワー/観察する力/河口堰が変えたアユ
繋ぐ命
三章 川の未来
亜細亜の宝/川の観光価値/長良川から世界へ
川上り駅伝大会/激流下り世界選手権/最後の流れを漕ぎ抜く
日本一のアユ/命の水のアユ 琵琶湖/京の川漁師
京都で鷺知らず/トキの落とし羽根/シーボルトとアユモドキ
モンスーンの賜物/ニホンウナギ発祥の川/ダムに消えるアサリ
消える大砂丘/ダムと砂丘/森の香りのアユ
アマゴの宝庫遠く/シーボルトの川/ダムの未来
砂の行方/川の恵みを取り戻す/よみがえる伝統工法
イワナの生きざま 産卵場復元/うな丼の行方/河川法とヤナギ
始まりから終わりまで 流域を守る
四章 川と命と
開かれたゲート もう一つの長良川/母なるメコン/メコンの魔法
流されてメコン/メコン祈りの儀式/虫食いの系譜
ラオス式魚焼き/消えたメコンオオナマズ/存在の証し
最後の魚を拾う/南の島のアユ/リュウキュウアユフォーラム
「世界自然遺産」の島/淵の名は/亜熱帯最後の自然海岸
森と川の生態学者/釣り人の見た夢/旅人の選んだ川
アユの生まれるところ/津波の記憶/川に行こう
伝える川の知恵/「出会い」が守った川
「全長良川流下行」記
終わりに
<新村安雄・にいむらやすお>
フォトエコロジスト、環境コンサルタント、リバーリバイバル研究所主宰。
1954年、静岡県浜松市生まれ。
長良川、琵琶湖、奄美大島、メコンなど、生き物と人間のかかわりという視点から
撮影と映像製作を行っている。
長良川うかいミュージアム、滋賀県立琵琶湖博物館、世界淡水魚園水族館アクア・
トトぎふなどの企画展示、映像提供。
ブログ 「リバーリバイバル研究所」 https://blog.goo.ne.jp/niimuray
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