新たな栄養素
人間の摂取しなくちゃいけない「五大栄養素」というのがある。「たんぱく質、脂質、炭水化物、無機質、ビタミン」の5種類だ。ではそれだけで大丈夫かというとそうでもない。6番目に大事だとされたのが「食物繊維」だ。それがないと腸内の微生物を健全な状態にしておくことができないからだ。
そして今、第7の栄養素として注目されているのが抗酸化作用を持つ「フィトケミカル(ファイトケミカル)」だ。「フィト」は植物の意味で、植物の持つ化学物質ということになる。番号だけで見ると簡単だが、ここに考えが至るまでには革命的な考え方の違いがある。それについて書かれた本が「あなたの体は9割が細菌」という本だ。原題は「10%ヒューマン」になっている。
私たちが自分と感じているのは自分の体を組成する60兆個もの細胞だと思うだろうが、それをはるかに上回る数の細菌たちの力によって生かされているのだ。
腸内だけでも100兆の微生物がいて、それがヒトの生存を支えている。
バイキンマンの時代
20世紀までの最も大きな健康への脅威は感染症だった。麻疹や結核、梅毒やコレラ、赤痢、そうしたものに感染して命を落とすことが多かった。それらは革命的な「抗生物質と予防接種」によって解決した。それ自体は素晴らしいことだ。
ところが21世紀になると、今度は別なものに人々は苦しめられることとなった。
アトピーやアレルギー、自己免疫型の疾病、自閉症の多発などだ。これはどうしたことなのか、幸福な暮らしへの扉が開いたはずではなかったのか。その理由を細菌の役割にまでさかのぼっていったのがこの本だ。
感染症の細菌に対して抗生物質が効いたのだが、抗生物質は他の細菌にも効いてしまう。体内の細菌を皆殺しにしてしまうのだ。もちろん偶然抗生物質に触れなかった個体は生き残るが、腸内に棲んでいた細菌のほとんどが殺されてしまう。
するとその微生物が担っていた機能は失われる。その腸内細菌こそがアトピーやアレルギー、自己免疫型の疾病、自閉症の多発などを起こさせない役割を担っていたのではないかという考えにたどり着く。そして幾多の実験データにより、それが実証されていく。
ある死に至るほど深刻な消化器疾患の難病に対して、糞便移植を行ったところ回復した。移植した健全な糞便が腸内に細菌のコロニーを作り、バランスが保たれるようになったのだ。しかしただ治すだけでなく自立していくためには、腸内細菌のバランスを保ち続けたなければならない。そのためには持続した細菌への食物摂取の協力が必要になる。
人類は必要に迫られて抗生物質を開発した。バイキンマンを退治するためだ。
しかし抗生物質はバイキンマン以外も皆殺ししてしまう。皆殺しされた細菌の中にどうやら21世紀病とも言える自己免疫型の疾患を起こさせないための重要な細菌類がいたようだ。それらがわずかなバイキンマンを退治するために失われたのだ。
今や過剰な抗生物質や殺菌・抗菌・滅菌グッズが売られていて、そのせいで大切なバイキンマン以外の細菌まで巻き添えにされているのだ。抗生物質が生命ある細菌にしか効かず、ウイルスには効果がないのに細菌による炎症予防にと投与されるのだ。
21世紀病の対策
単なる偶然だが、私は以前にリン・マルグリスの書いた「ミクロコスモス」を読んでいた。そこでは「細胞内共生説」が書かれている。私たちの細胞内に複数あるミトコンドリアが、外部にいた生物を細胞内に取り入れ、共生させたものだったことが書かれている。それに比べれば、独立した細菌が有益だからと体内で共生することぐらい簡単に理解できる。少なくともそれなりに自由に生きられて、独立していられるのだから。
その体内・体表面の共生細菌(常在菌)が、私たちの生命機能の一端を担っていたとしても不思議ではない。その中の腸内細菌は、植物を摂り入れるために存在していた。食物繊維を吸収できるように分解していた。ヒトは直接的に細菌を皆殺しにしないように気を配り、腸内細菌に食物繊維を与え続けなければならない。食物繊維は細菌群を元気にすると共に、余分な有害物質を洗い流してくれるのだ。
今では糞便移植のための非営利組織があり、細菌を選んで人工糞便を作る研究も続けられている。それは本人ではなく共生する細菌たちのバランスのためだ。逆に言えば私たちは人間として単独で生きているわけではない。他の生物たちと共存することで成り立っているのだ。その細菌たちのための努力が必要だった。体内の細菌の多様性を下げてしまう毒物は摂らない方がいい。
遺伝子組み換え作物は、撒いても枯れない遺伝子と、他の植物を枯らすための除草剤がセットで使われる。除草剤は「グリホサート」という成分だが、アメリカの密集した環境で畜産をするための「抗生物質」としても認定されている。ということは多くの場合、アメリカ産の肉類を食べると、そのグリホサートという抗生物質も摂取することになる。それはあなたの体の中で、罪もない免疫を支えていた細菌を皆殺しするのだ。
もしかしたら第七の「フィトケミカル」もそれ以上の役割を担っているかもしれない。植物を中心に食べていたとみられる人間が、外側にある「抗酸化効果物質」を利用せずにいたとは思えないからだ。すると抗酸化物質の持つ力を、前提にした免疫力になっているかもしれない。
出産・授乳の時点で、母親は「必要な細菌のセット一式」を新生児へプレゼントしている。ところが世界では、必要もなしに「帝王切開と人工乳育児」を利用する人たちも少なくない。しかし人間は無菌室で育つものではない。菌を毛嫌いするあまり、必要不可欠な友人を失わない方がいい。
私たちを形作っている90%を占める細菌と、友好条約を結んでいこう。そうすれば私たちは21世紀病を克服し、いよいよ幸福な共存が可能になるかもしれない。生物学的にも、私たちは孤立した存在ではないのだ。
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