「普通の」家

心地よさの説明

「この心地良い住宅を伝える言葉はあるのだろうか」と思う。

有害化学物質を使っていないとか、長く持つ家だとか言ってみるが、何かを加えていないということは特別なことではない。有害化学物質を使うことの方が異常なのだ。

しかも今やベニヤ板でも集成材でも防虫剤を使っている。そこで使われるのが、今や人体に影響が出ているという報告が次々出されているネオニコチノイド系の農薬なのだ。その影響で化学物質過敏症を発症してしまった人、家に暮らせなくなった人もいる。おかげで普通なら覚える必要もない「アセチルコリン受容体」だの「イミダクロプリド」だの、舌を噛みそうな名前をたくさん覚えなければならなくなった。しかも住宅内に使われるネオニコチノイド殺虫剤については、「安全だ」と推奨こそされても、規制されていないのだ。

こんなものを人の住まいに使っていいはずがないと思う。ところが現実には、使っていない住宅の方が特別なのだ。普通に建てたつもりでも、床下の防蟻剤に、断熱材に、ベニヤ板や集成材に最初から使われている。そうした有害物質を除けて除けて家を建てようとするのが天然住宅だとすると、とても説明が困難になる。

「普通」

簡単に一言で言うと、天然住宅は「普通の家」だ。

変に化学物質でこねくり回したりしない家、
安くするためにプラスチックやビニールで覆ったりし ない家、
利益のために山の木材を買い叩いたりしない家
なのだ。

でもすぐ気づく。「それって今の時代、全然普通じゃない」ってことに。

そもそも木には虫が逃げ出したくなる成分がある。木だってダニに食われたくないし、カビだらけになりたくはない。そのせっかくの成分を失わせてしまって、その分を人工的に作った殺虫剤・防菌剤で防ごうとするのは、発想が逆立ちしてないか?

さすがに「樟脳」のクスノキで作ったタンスは服に匂いがついてしまう。昔ながらのおばあちゃんの服の匂いのように。でもそのクスノキの香りをブ レンドして、高貴な匂いにできないだろうか。

普通の家に暮らすこと

慣れてしまうと「この家に住みたい」と言われても鈍感になってしまう。「森の中にいるようだ」と目を輝かされても、『いや、普通の家だけど…』 と答えたくなる。そう、普通の家が希少になってしまったのだ。健康を害さないものに囲まれて暮らし、お金のあまりかからない暮らしをし、朝、すっ きり目覚めては朝日の当たる山を見る。家族が目を覚ましてしまうまでの間、じっくりとネットで会話する。

それでいいと思う。新たに足さなくても引かなくてもいい。「普通の家に暮らすこと」って、そういうことだと思う。

天然住宅田中優コラム「持続可能な社会を目指して」より転載しました。

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