奇跡の木、スギ
天然住宅の建てる家の木材はスギがメインだ。しかも国産で防カビ剤に漬けない品で、しかも高温乾燥させずにスギ本来の芳香成分、精油分を残している。
大英博物館に出かけてエジプトのミイラを見たとき、ぼくはミイラより保存に使っていた箱の方が気にかかっていた。「シダー、…やっぱりスギだ」。今ではほとんど失われてしまった「レバノンスギ」が使われていたのだろう。殺菌性能を生かした使い方だ。
食品とスギ
日本ではスギと食品との関係もまた深い。かつてカマボコの板もスギだったし、経木と呼ばれる食品の包装もスギ、日本酒の酒樽もスギなら醸造を行う部屋そのものもスギで建てられた。写真はぼくのお気に入りの醤油だ。昔ながらの杉樽で二年寝かして作られたものだ。味の良さに感動していたら友人がプレゼントしてくれた。
スギの食品棚に食品を入れておくと長持ちする。その実験は自宅でも簡単にできる。ただしホームセンターで売っているスギではダメだ。防カビ剤、防腐剤に漬けられた上に120℃の高温乾燥によって精油分がすべて抜けてしまっているからだ。もちろん人体に対する効果もない。ところがほとんとの家は、国産材使用と言ってもダメなスギで建てられている。これではせっかくのスギがかわいそうだ。
「寺田本家」という本物の酒を造っている造り酒屋がある。行ったことはないが酒の方にはお世話になっている。ぼくはバカ飲みしたがる方なので日本酒はあまり飲まないが、それでも酒好きな息子と飲みに行くと寺田本家の酒ばかり飲んでいる。 そしてぼくは料理酒に、贅沢なことに本物の醸造酒だけを使っている。料理に使う酒は、良いものでなければ料理を台無しにすると思っている。鼻先ですっと消えるような香りを出すには醸造酒でなければならない。
スギと発酵菌、そして健康
スギは殺菌効果があるというのに、発酵菌とは逆に相性がいい。スギの建物そのものに発酵菌を住まわせ、新たな菌を与えなくてもその部屋では発酵する。これが寺田本家の造る酒のうまさの秘密だ。長い歴史の中で住みついた発酵菌が造るのだ。だから人間のすることは菌たちの住まいやすい環境作りと、発酵の順序に対する協力だ。
天然住宅で主催する「くらしとリンク」のイベントで、その寺田本家さんと対談することができた。一番聞きたかったことはスギの酒樽のことだった。今、再び昔の杉樽に戻しているとのこと。
ヒノキも殺菌効果があるが、人間に対しては興奮・覚醒効果の方が高く、優しく包み込むようなスギの効果はないようだ。風呂はヒノキがいいが、他の部屋にはスギがいい。本物の住宅に住んで本物の酒を飲む。発酵菌が棲みついた家で発酵菌が造ってくれた酒を飲み、腸に住みつく菌も発酵菌になって体の表面に住む常在菌も発酵菌中心になる。それは健康にとって、とても良い環境になる。
人間はそれだけでは存在できない。たくさんの生物と共生して生命をつないでいる。生命から考えると、発酵菌こそが大切なパートナーだ。そんな話を共感しながら話し合える寺田優さんが好きになった。またいつか「優&優コンビ」でイベントしたいと思う。
2015年11月発行 天然住宅 田中優コラムより転載