学校給食をオーガニックに〜食中毒事件とされたカネミ油症事件から57年〜

ぼくは食べ物を気にしている。人を作り維持する第一のものが飲食物だと思うからだ。だから飲み物・食べ物食べ物には注意している。農薬や放射能を含むものには摂らないように注意し、できればオーガニックなものを摂るようにしている。飲食物の中には、ほんのわずかな量で人間を壊すものもある。その量たるや、25メートルプールに一滴垂らすほどのごく微量で生命に影響するものもある。

これを多量に摂取し、被害をもたらした事件がこの日本にある。それが 「カネミ油症事件」だ。1968年(昭和43年)、カネミ倉庫が製造する食用油にポリ塩化ビフェニル(PCB)などのダイオキシン類を混入させてしまったのが「カネミ油症事件」だ。

その食用油(「カネミライスオイル」と呼ばれた)を摂取した人々とその子らに障害などを発生させた、西日本一帯への食中毒事件とされている。

それは健康に良いとされていたため、健康を気にする人たちが摂取していた。ところがそのPCBオイルには保熱性があって、周囲を保熱することから熱したオイルの周囲を保熱してライスオイルを分離するのに都合が良いと考えられた。ところがこのPCBオイルを巡らせた配管に穴が空き、そこからオイルが漏れ出て汚染した。これが健康を気にしていた人たちに被害が出た経緯だった。

こうした液体には水溶性のものと脂溶性のものがある。このダイオキシン類の物は脂溶性で油によく溶け込んだ。つまり脂溶性で、魚をよく食べる日本人は気にした方がいいものだ。

ならば水溶性のものなら良いかというととんでもない。植物の殺虫剤に使われているネオニコチノイド殺虫剤は水溶性で、水に溶けて汚染が広がるからだ。

こうして人為的に作られた「環境ホルモンが」が問題にされ、それが本来の「内分泌ホルモン物質」のように極めて少量で影響を及ぼす上、防ぐことが困難だった。こうして私たちは極めて少量で影響を受けるものに回りを取り囲まれてしまった。絶対量で言うならわずかなのでわかりにくい。そのための「問題ない」かのように報道されがちだ。しかしこれは十分に気を付けなければいけない。「カネミ油症」事件は日本人にとって身近な問題であったにのに「食中毒事件」として扱われ、ベトナム戦争時のダイオキシンを含む「枯葉剤」の問題が起きるまで耳目を集めなかった。

ぼく自身、脅威を感じたのはベトナムを訪れてからのことだった。ベトナムではベトちゃんドクちゃんの入院していた病院を訪ね、体の一部が欠損した子どもたちと会い、ホルマリンに漬けされた子どもたちの瓶をたくさん見せられた。この時の衝撃は言葉にできないほどだった、しかも帰国する飛行機の中で読んだ統計によれば、日本の焼却場からばら撒かれたダイオキシンの量の方が多かった。日本の廃棄処理が焼却に偏っていることが問題の中心にあった。

そうして見ると、日本の政策のまずさが浮き彫りになる。現に「カネミ油症」事件がそうだ。これは当然日本で起きた大きな「公害問題」だと思い込んでいた。ところがこれは小さな「カネミ倉庫」が起こした「食中毒事件」にされていた。そうではなく、

大企業である「カネカ」が開発したPCBが起こした「公害事件」として対処すべきだった

ところが日本を震撼させる公害事件だったはずなのに、ポリ塩化ビフェニル(PCB)を製造していたカネカの責任とはされず、現にライスオイルを製造した「カネミ倉庫」が起こした「食中毒事件」とされていた。「カネカ」は逆転判決により、被害者が仮払いした賠償金は返済しなくてはならなくなった。

そこでカネカは仮払いした賠償金の請求をしない代わり、カネカの賠償責任は存在しないものとして和解した。困窮していた被害者たちはこれを受け入れた。

こうして大企業であるカネカは責任を逃れ、小さな「カネミ倉庫」の起こした「食中毒問題」とされたのだ。これは本来、公害物質を生み出したカネカとそれを認めた国の責任で被害者全員に賠償すべき問題だったろう。しかしそれを「カネカ」傘下の小さな「カネミ倉庫」に責任を負わせて、被害者たちに泣き寝入りさせた。国はその責任を負おうとしなかった。

「カネミ倉庫」は関係ない事業である政府保管米の保管料(年間二億円)から被害者の医療費助成から被害者に賠償していた。しかもこの契約は随意に恣意的に使われる恐れのある契約相手を決定した「随意に決めた契約」だった。本来なら競争入札であらかじめ契約相手を決めておくものではない。

その随意契約によって「カネミ倉庫」に受注させ、賠償金に充てさせることを予定した契約だった。これによって仮払いした賠償金に充てられることを予定していた。本来なら公害問題として国を含むすべての加害者が連帯して責任を負うべきだった。それがされなかったために被害者はバラバラにされ、和解契約によって弱小企業である「カネカ倉庫と被害者」だけの問題とされてしまった。そんなささいな問題ではなかったのにも関わらず。

カネカは被害者にいったん賠償金を仮払いしたにも関わらず、その和解により、賠償責任を逃れてしまった。

こうして公害ではなく、単なる一中小企業の食中毒事件にしてしまったのだ。

公害事件と食中毒事件とでは全く違う。日本を揺るがす事件なのに、地域の食堂で起きた食中毒事件のように扱われてしまった。これでは未来に対して責任を負えない。

今になってやっとプラスチックゴミがようやく問題になり始めた。海の中のプラゴミが多くなりすぎて、魚の漁獲量よりもブラゴミが上回るほどになるという。

その時代になってもこの「カネミ油症事件」の決着の仕方は遺恨を残すだろう。現在の農薬は小さなブラスチックの容器に詰められ、膨大な量が水田に撒かれている。それが溶けてプラスチックと混ざる頃、どんな毒性が見つかるだろう。私たちの選択する未来が未来の形を決めるだろう。

まず手始めに、学校給食のオーガニック化を始めたい。子どもたちの未来に無責任・無関心ではないよと伝えるために。その容器の汚染と化学物質をなくさせて、せめて安心して食べられる食事を届けたいのだ。

学校給食のオーガニックのオススメサイト

(川崎市職員労働組合様へ寄稿したものを、好意を得て転載しています。)